2012年10月5日金曜日

バラナシという街


バラナシという街は、何回来ても僕を3年前に引き戻す。




3年前、初めてバラナシに向かっているとき、僕は38度超えの高熱に苦しめられながらの移動だった。





カジュラホからバスでサトナへ。
サトナから列車でバラナシへ。



寝台列車のシートに倒れるように横になり、車輪がレールを荒々しく掴みながら進む10時間は、頭がカチ割れてきっとこのまま死んでしまうんだと本気で思った夜だった。



地獄のような10時間が過ぎ、朝方列車は到着した。
宿へと直行し、ドミトリー(大人数部屋)にチェックインを済ませ、そのまま泥のように眠り続けた。



陽が沈む頃に目を覚ました僕は、【ガンジス河】へと吸い寄せられるように歩き出した。
まだ熱も下がっていない。
歩きたくない。でも…。



そんな想いと裏腹に、足だけは動く。
曲がりくねったレンガ作りの路地をひたすら進む。
どの道もガンジス河(ガンガー)に繋がっているという。



僕は何の根拠もなく、それこそ吸い寄せられるように道を進んだ。
狭く曲がりくねった道は突然目の前が開けた。
ガンジス河だ。



                     Photographs by コバヤシケイ


なんだろうか、この感動は。
この鳥肌が立つ感じは。
正直、綺麗な景色でも何でもない。




ただ茶色い汚い河が目の前に流れているだけだ。
一体なんなのだろうか。




ガートを降りると多くのインド人が沐浴をしている。
沐浴の仕方は人それぞれのようだ。





ガートを一段一段降りていく。
足が河に浸かり、膝、腰と順番に水に浸されていく。
両手で水を掬い上げ、その水を前方へ静かに放り出す。
ぱしゃぱしゃっと口を濯ぐだけの人もいる。
頭まで浸かる作業を二度三度とゆっくりと繰り返している人もいる。





手を合わせ、目を閉じ、母なるガンガーと向き合っていることは皆同じだった。





しかし、それにしても汚い街だ。
いや、造り自体はレンガ造りの街並でとても綺麗なのだが、如何せん足下は汚い。




所狭しとゴミや糞尿がひしめいている。
ひしめいているという表現も変なのかもしれないが、それが一番適切な表現にも感じる。




糞尿は野良牛や野良犬が原因なのだが、牛は神の乗り物であるとするヒンドゥー教の教えがある為、決して排他的なことはしない。
とは言え神の乗り物として崇めているようにも見えない。
あくまで“平然と”共存している。





最初の内は牛糞を踏まないように歩くものの、そんなのは労力の無駄であると気付いた。
出したてほやほやの緩い牛糞を踏むのさえ気を付ければ、あとはもはやどうだっていい。
宿でサンダルを洗えば済むことだ。




発熱でまだ思うように動かない足で、しっかりと牛糞を踏みしめながら宿へと戻った。
解熱剤を水で流し込み、そのままベッドに倒れ込むと、一瞬で深い眠りへと落ちた。




翌朝、騒音と共に目を覚ます。




なんだ?!なんだ?!周りを見渡すと、騒音に目を覚ましている人もいれば、平然と眠り続けている人もいる。
ふと窓に目をやると、猿が窓にぶら下がりガンガンと鉄格子を揺らしていた。
もはや揺らすという次元ではないほどの騒音を響かせていた。




他にもまだ犯人はいる。
いや、もちろん犯人は猿なのだが、何匹もこのドミトリー付近で大暴れしているようだ。



ドミトリーは宿の屋上に設置されているトタン屋根のプレハブ小屋のような造りになっていた。
その屋根を猿が飛び回る。
これはウルサイ。




これから毎日猿と共に目覚めればならないのかと先が思いやられた。
勘弁してくれ、まだ朝の5時だぞ。




びっしょりと汗はかいて熱も下がったようだったが、油断は禁物だ。
この日もたっぷりと休養を取り、ひたすら眠り続けた。




ドミトリー内の誰とも会話することなく数日ほど眠り続けたので、同部屋の人たちには、危ない病気なのかもしれないと僕を恐れていたらしい。




すっかり体も元気になり、疑いも晴れたところで、街へ久しぶりに繰り出した。




バラナシの街は、ガンガー沿いに84ものガートが連なる。
雨期でない限り、ガートは河伝いにずっと歩いて行くことが出来る。




僕が訪れたのは雨期まっただ中だったのだが、河の増水はひどくはなく、まだガートは河に飲み込まれていなかった。
半月ほど遅くなるとガートはほとんど河に飲まれてしまうらしい。





僕が最初の日に吸い寄せられて行ったのは、ムンシーガートというところらしかった。
そこから少し下流へ歩くとメインガートであるダシャーシュワメードがある。




このようにガートのひとつひとつに名前が付いていて、意味もひとつひとつ違う。
宗教的な要素が強い為、理解するにはなかなか難しいので、正直旅行者はあまり気にすることはない。
ガートというのは、要は“河へ続く階段のようなもの”と捉えておくと分かり易い。




川沿いを歩くと様々な光景が飛び込んでくる。



ガンガーで洗った洗濯物を干している人や、座禅台から勢い良く飛び込んでいる子供たち、その少し先で沐浴している牛の群れもいる。



母なるガンガーは、インド人の生活の中を当たり前のように流れていた。




下流へと歩いている中で、ボートに乗らないか、マッサージをしないか、と次々とインド人の客引きが現れる。
最初こそ丁寧に断っていたが、丁寧には対応し切れないほどの人数が声を掛けてくる。そこに物乞いが手を伸ばしてくる。
インドという国はどこまで人が多いんだ。




歩き続けると、先程まで遠方に見えていた灰色の煙がすぐ近くにまできていた。
火葬場だ。




バラナシの街には上流と下流にひとつずつ火葬場がある。
下流へ歩いていた僕はふたつの内のひとつである火葬場まで辿り着いたようだった。





たくさんの薪が組み上げられたところが炎を揺らし、灰色の煙を上空へ作り出していた。
燃えているのは一箇所だけではなく、4箇所から煙が上がっている。
近くでは火葬されている遺体の親族と思われる人たちが薪を焼べたり、ぼんやり眺めたりしていた。




火葬された遺体は、遺灰となりガンガーへ流される。
火葬場横のガンガーは、遺灰だらけで真っ黒になっている。




この遺灰はガンガーを流れ、やがて海へと辿り着くのだろう。
それが蒸発し、雲となり、雨となり再びこの地へ降り注ぐのかもしれない。
輪廻転生というコトバが少し分かった気がした。





火葬場は24時間フル稼働で燃え続ける。
遺体が遺灰へと変わると、またすぐに次の遺体が運び込まれる。





木造のハシゴのようなものにシーツで包まれた遺体が横たわっている。
そのハシゴの四隅を家族であろう人たちが持ち、ガンガーへと向かう。





静かにガンガーの水にハシゴごと遺体を浸し、聖水によって浄められた遺体は薪の上に置かれ、親族が順番に薪を乗せ、すぐに火が付けられる。
水に浸したシーツが、遺体のシルエットをより鮮明に描く。薪の上に人間が横たわっているのだということがハッキリと分かるのだ。




やがてゆっくりと薪が燃え始める。
薪を足す作業が繰り返され、小さな火は炎に変わり遺体を包み込み始めた。
白いシーツが燃え、肌が見える。
その肌も焼け、骨が見えてくる。




不思議と怖くはない。
手を伸ばせば届いてしまいそうな距離で、人が燃えている。



僕はずっと目が離せずに眺め続けていた。





火葬場から宿へと戻る途中に上流から何か流れてきていることに気が付いた。
どうやら水死体だ。
水のせいで以上なほど大きく膨れ上がった身体が、河にゆっくりと流されていた。




インドでは、子供や出家遊行者は火葬されることなく石の重りを付けて河に沈められる。
腐敗などによりロープが緩んだりすると、水面に浮かび上がってきた遺体はガンガーを流れ海へと運ばれるのだ。




ガンガーは全てを飲み込み、ゆっくりと海へと続いていく。
人の喜びも、悲しみも、何もかもをきっとこの河は知っている。




火葬場へ行ったり、結局インド人に根負けしてボートに乗って夕陽を眺めたり、思いっ切り早起きをして沐浴をしたり。

曲がりくねった街をひたすら歩いたり、土産物屋のインド人にちょっかい出したり。





そんな気ままな生活であっという間に2週間も消費してしまった。
糞尿だらけのゴミだらけで、ちっとも居心地のいい街ではない。




でも、なんだろうな、不思議な街だ。




ガンジス河に吸い寄せられ、そして街からも離れられなくなっていた。





バラナシで出逢ったたくさんの想いは、今でも僕の旅への想いの根底にある。
だから、いつまでも大切な街。




移動する決心をし、荷物をまとめ、バラナシからガヤ行きの列車に乗り込んだ。
たくさんの感謝を込め、僕はバラナシに別れを告げた。
初めてのひとり旅はほとんどがバラナシに詰まっていた。




そんな街とお別れをし、1年半後に再会をした。
そしてまたお別れをする。
その繰り返しだ。



この街は、「死」のすぐ近くでいつも必死に生きている。
僕はこの街で「死」を感じ、「生」をより強く確認するのだ。





2 件のコメント:

  1. インドを書かせたら同世代で右に出るものはいないのでは。
    それほどの想いを感じるわ!
    先週の代々木公園のインドフェス行ったんだけど、ユウヒに会えるんじゃないかと密かに期待してたぜ!
    近いうち会おうじゃないか、一年ぶりぶりに。

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    1. うぇーい!もーりー!
      コメントありがと〜*

      インドフェス体調崩してて行けなかったよー泣。
      会おうぜ!*

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